将棋文献のreviewを行なう。私は,2013年に,当時読み耽っていた将棋雑誌の「将棋世界」,同じく「NHK将棋講座」,および諸諸の図書のreviewをこのブログで行なった。それから8年が経過した。今でも2013年の一連のブログに対して継続的にアクセスがある。私はそれ以降も将棋文献を講読し続けている。今回,書棚を整理したタイミングでまとめた。
江戸時代から明確に資料が残る歴史と確固とした定型の中で人間の営みが明確化することが将棋の魅力のひとつだと私は考えている。今回文献を読み返して直近の5年で状況が大きく変わっていることを改めて認識した。羽生九段はタイトル通算100期を前に足踏みし,藤井二冠は現在進行形でスーパースターである。変わらないこともある。渡辺名人の客観性の高い舌鋒は変わらない。私は自身の興味に基づき,面白いと思った記述をこつこつと収集している。
私はオーディナリな人間なので天才を如実に感じられるプロ棋士の人間性に関する記述を集め,自分に何かできないかと日日考えている。プロ棋士は天才業だと米長永世棋聖は言った。プロ棋士は所謂「ギフト勢」ということである。私はまとめた文章は少なからず巷間の人にも有意なものと考え前回同様にこのブログに書く。心理学を研究して私が至った結論は,心理学には特別な才能は要らないということである。大学院生の時に死ぬほど研鑽を積んである程度研究をしたと言える程度にはなった。だが,その生活を一生継続する気にはならなかった。世界的なビッグネームでさえハードワークで早世することがあるのに,オーディナリな私が命を削ってまでやることはないと思った。旅行で訪れた沖縄の自然に魅了され,沖縄で生活したいと思った。そして,琉球大学のポストを得てのんびりと日日を過ごして現在に至る。最近アラフォーとして年齢を括ることが増えてきた。アラフォーの人間のビヘイヴィアを観察するに,伝わりにくいかもしれないが,惰性で無碍に加齢する人ではなく新たな創造やキャリアの上昇を志向する人あるいは志向できる人は充実しているように見える。私もその権利はある身分だと自認しているので何かしたいと思う。実際,していることはあるが,結実するまで時間がかかるので言えるようになった時にブログに書く。この辺りの話はブログで散発的に開示している。
以下に将棋世界2013年11月号から2021年6月号までで私が面白いと思う知見と私の所感を記す。シンプルに面白いと思った箇所は1,300以上あった。その中から特に好きなものや心理学的に興味深いものをフィーチャーした。タイトルや段位は当時のものを採用している。括弧書きが重複するが順当に読み進めれば問題ない。引用が過半で著作権のポイントとなる主従関係は逆転しているが,著作権を侵害する意図は全くなく,この雑誌が連綿と価値ある知見を提出し続けていることを紹介する。また,私のサイト全体で見た時にはこの問題点はクリアできているというのが私の認識である。面白いと思ったなら原本を参照して欲しい。
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将棋世界2014年1月号
「五番勝負の時期は,他の対局も多くつき,非常に忙しかったと思われます。多忙な中での生活リズムの整え方を教えてください。
羽生 対局が続いても,結局は目先の一局に照準を合わせて集中するしかないと思っています。これは昔から変わりません。限られた時間のなかで何をやるかということですが,昔と比べて時間の使い方の効率がよくなったとも思いません。
羽生王座は「忙しくなればなるほど調子がよくなる」という説もあります。実際,9月以降は王座戦を除くと公式戦で負けなしの状況が続いています。
羽生 調子の良し悪しについて考えたことはありません。ただ,対局が続くと集中する環境が自然に整っていくのかなと思います。
疲れが取れないまま対局に臨むということはないのでしょうか。
羽生 切り替えてやるしかないでしょうね。しんどいという体感があっても,プロを続けている以上は当然のことです。」
羽生九段の「目の前の一局に照準を合わせて集中する」という考えは昔から一貫している。そして,目の前の一局に照準を合わせて対局を重ねるだけで実績や賞賛がついてくることを羨ましく思う。
将棋世界2014年7月号
「渡辺 「将棋では,ピンチで困っているんだけど,なにか指さなければいけないということはよくあるんですよ。当然人生でもそういう状況はあって,苦しい中でどう最善を尽くすか。忍耐力,投げ出さない気持ち,そういったことは将棋から真似るものの一つかもしれません」」
将棋から人生に活かせる知見が獲得できるか否かは議論が分かれるところであるが,私はできると考えている。だからこそ文献を購入して講読のレヴェルまで高めている。
将棋世界2014年11月号
「これには参った。この結論を覆さない限り,後手番で左美濃相手に指す手がない。当時の自分にとって雲の上の二人が出した結論だが,どうしてもその結論に立ち向かわざるを得なかった。自分はそれまで「ハンマー猛」とあだ名が付くくらいパワー将棋を得意としていたのだが,この将棋は詰みまで研究せざるを得なかった。そのあと私は,研究という武器を手に入れることになる。この対局から1年後の対局で新研究をぶつけて,振り飛車勝ちの証明をすることができた。この将棋を島朗八段(当時)が将棋雑誌のコラムで,「藤井くんが指す四間飛車は藤井システムとも言える」と書いた。これが藤井システムという言葉の出始めだった。」
棋士の研究者としての一側面を示している。この熱意はのちの藤井九段の図書にも掲載されており,それについては追ってレヴューする予定である。藤井システムの誕生秘話を読んで私は感動で震えた。
将棋世界2014年11月号
「臨機応変ー。そう語る羽生の言葉を聞きながら,私は谷川九段がどこかで語った次の言葉を思い出していました。「棋士なら誰もが考える手のことを本筋といいます。何が本筋かがわからないとプロの棋士になれませんが,本筋しか指せない人,本筋から外れられない人は絶対にトップには立てません」」
この知見はプロゲーマーに通じるものがあると私は考える。私は将棋の観るファンであるとともにストリートファイター5の観るファンである。ゲーム界隈でもプロシーンが整備された昨今,一連の練習で能力を向上させることができるが,強いプレイの寄せ集めだけではプロツアーで上位に入るプレイヤーにはなれないと私は観察している。知り合いのプロゲーマーと話をした時,トップのプレイヤーに対して「練習から何から狂っている」と評していた。常ならざる者であるからトップに立てると言えそうである。
将棋世界2015年2月号
「歩いているといい考えが生まれるそうですね。
「それはありますね。全身の血のめぐりが良くなるので頭が働くという効果は間違いなくあると思います。」
離席が多いのはルール違反ではないが,マナー違反という声もあります。それについてはどうお考えですか。
「ずっと座っていられればその方がいいのはわかっています。でも足がしびれてくるんですよ。実は去年,離席を減らしたらどうなるのかなと思って,試していた時期があったんです。でも勝率が格段に落ちたので,現状では厳しいと一度はあきらめました。
では,これからも同じスタイルで?
「体重を落として足の負担が軽減されれば座っているのも少しはラクになると思う。だからダイエットも含めて検討します。今年に入ってジムに通い始めたのですが,竜王戦で忙しくなってからはいけていません。今後も忙しくなりそうなので,どうなるかは分かりませんが。」」
糸谷八段の見解である,認知機能の活性化の観点では脳科学的に,普段の行動と同じ行動によって調子を保つ観点では心理学的に,それぞれ支持できる。
将棋世界2015年8月号
「佐藤(康光) しかも面白いのは,その研究ノートに記された図面ですね。自分のところに「室岡」と書いてあって,相手側のところに「全世界」と書いてあるのですよ。これはすごいなあと思いました。だって全世界ですよ。つまり棋風とか好みとかいった要素を一切排除して,論理的な研究で1つの戦法をきわめてやろう,という気概があるじゃないですか。今だったら「新手1勝」じゃないけど,とりあえず1局勝てればいいや,みたいに思う人もいるかと思いますが,室岡先生の姿勢には見習うべきものを感じます。
藤井(猛) 研究しているときの基本的な気持ちとしては,僕も相手は全世界です。「1局,2局はこれで勝てるかな」といった精神では絶対にやりませんね。
佐藤 やっぱり藤井さんは素晴らしいですね。そうじゃないかと思っていました。私はそうではないです(笑)。というのも,最初の話に戻りますが,やっぱり自分は居飛車党出身で,居飛車は先後両方とも指すので,片方がつぶれたら指させなくなってしまいますよね。だから,「きわめてやろう」という精神が薄いというか,どこか純粋じゃないというか,少し濁ったところがありますね(笑)。
藤井 僕は裏表をやらないのでわからないけど,矢倉の先後を両方持つ人にとっては,突き詰めたらまずいところがあるじゃないですか。先手有利になればなるほど後手を持った時には困るわけで,適度なところで止めておきましょうという気持ちが働くのかもしれない。ところが,相手が振り飛車となれば,まったく容赦がないのでこっちはきつい(笑)。振り飛車なんて,向こうの人からすればなくなっても何も困ることはないから遠慮がないよね。「消えてなくなれ」ぐらいに思っているのでしょう(笑)。だから,こっちも全世界を相手に戦う気持ちを持たないと,やっていられないわけですよ。
管井 研究するときには,先後をひっくり返してみることもありますね。
藤井 例えば菅井君が中飛車をやったらみんなが連合軍のように遠慮なく超速▲3七銀戦法でつぶしにくるじゃない。あれなんかどう思うの?
菅井 たしかに超速は勝率が高い戦法ですし,すごい流行でしたよね。でも前は逆に「やってきてほしいな」という気持ちが強かったです。反骨心もありましたし,そういう優秀な戦法と勝負したいという気持ちもありました。そもそもそのときは超速以外の研究はほとんどしていませんでしたし(笑)。いまは特にそういった思い入れはないですね。
佐藤 そういった気持ちは大事ですよね。気概というか,精神がしっかりしていないと1つの戦法を組み立てていくことは難しいと思います。」
心理学であれ物理学であれゲーム業界であれ,研究は人間代表として実施する。その点において,上述の知見は棋士の研究者としての側面を示す知見と言える。なお,格闘ゲームのプロゲーマーがトレーニングを経て戦う時には「VS. The World」などと表現して世界と戦うことを明示することがある。
将棋世界2016年11月号
「こんなにヒドいことをやったのは久しぶりです。33分か。考えすぎたんですかね。頭を働かせすぎてオーバーヒートして故障しました。離席して歩き回って冷却しなきゃいけなかったですかね(笑)。私の離席がいつもより少ないと話題になっていたんですか?なるほど(笑)。まあ,あまり歩く場所もなかったですし,自分が時間を使いすぎていたので,いつもほど歩く余裕がなかったということもあります。ただ注目される舞台なので,一応,積極的に座っていた意味はあるんです。数年前に意識して盤の前に座っていた時期があったんですけど,勝率が落ちたのでやめました。今回もヒドい見落としが出たので,もしかしたら影響しているかもしれません。次局は歩くかもしれないです。」
糸谷八段の見解である,自分のやり方で取り組むことの重要性を教えてくれる。
将棋世界2017年8月号
「一方の藤井(聡太)はというと,「今日は苦しかった。20連勝は自分の実力からすると僥倖としか言いようがないです」。このインタビューを聞いて私がまず思ったのは,僥倖という言葉をサラっと使う中学生がいるのかということ。幸運ではなく僥倖だったのかと,不思議に思う。「君は僥倖を頼んで指したんだな!」秒読みの最終盤で,粘る相手に頓死負けした際,そう言い放ったのは木村義雄十四世名人。木村義雄と同じ言葉を使う14歳の少年。今起こっている現象もさることながら,私は少しずつ零れてくるこんなところにも,藤井聡太の途轍もなさと魅力を感じずにはいられないのである。」
のちに藤井二冠は木村十四世名人の知見を知らないことを開示している。
将棋世界2017年9月号
「--「奏功」も「望外」「僥倖」「一抹」と並んで中学生の表現とは思えません。
「あ・・いや・・望外は将棋界でたびたび使われる言葉ですし。僥倖も使わない言葉という印象はなかったですけど・・・」
--新記録樹立の直後に「特別な感慨」とも。
「将棋の歴史の1ページに名前を残すことができたのは喜ばしいことですけど,畏れ多い気持ちもあります。すべては今後の自分次第だと思います。幸運にも29連勝できましたけど,これからどれだけ強くなれるかが大事ですので。もちろん棋士になった頃よりは自信も・・・とは思いますけど・・・・」」
藤井二冠の知見である,天才途上とでも言える状況を参照できる。
将棋世界2017年9月号
「--羽生三冠は「檜舞台で顔を合わせる日を楽しみにしています」とも。
「恐縮というか畏れ多いです・・・・。当然目指すべき場所ですけど,そのためには僕がもっともっと強くならないといけないので,僕の努力次第だと思います。実力をつけて,(タイトル戦の舞台に)立つべくして立てる力をつけたいです。」
羽生九段が藤井二冠に言ったコメントに関するやりとりであるが,現在は勢力バランスが異なる。羽生九段は藤井二冠がタイトル戦に挑戦するようになるまで自身もその地位にいなければならないと指摘していたことがあるが,現状はなかなか大変そうである。
将棋世界2017年9月号
「--藤井聡太四段がデビューから無傷で29連勝を達成しました。破るのは困難と見られていた神谷八段の持つ28連勝の最多連勝の記録が,14歳の新四段にあっさりと破られてしまいました。
神谷 さんざん取材を受けてきて話しましたが,いつかはこういう日が来るかと思っていました。でも,まさかデビューから負けなしで追い抜かれるとは,思ってもみませんでしたね。
--神谷八段は「凡人がほぼ運だけで作った記録を天才が実力で抜いたことは,将棋界にとってもいいこと」と,粋なコメントを発表していましたね。
神谷 藤井くんが23連勝したときに,将棋担当記者の方から「その日がきたら(取材)お願いします」と言われていましたし,もし記録を抜かれたときには家にジャンジャン電話が掛かってきて,いちいち応対するのも面倒くさいなと思っていたので,将棋連盟に先にコメントをお伝えしておきました。そうしたら並ばれたときのコメントも用意してください,って言われましたよ(笑)。」
興味深いバックステージ情報だ。
将棋世界2017年11月号
「中原先生の本を読んで勉強になった言葉があります。「七番勝負だったら2局はしっかりと勝ち,あとの2局はどんな内容でもいいから勝つ」ということを書かれていました。自分は4局完璧な内容の将棋を指さないと七番勝負には勝てないと思っていたからびっくりしました。ハードルを高く上げすぎたんですね。「勝負の結論は勝ちか負けかの2通りだが,それに至る道のりは無数にある。」これはいまの自分がよく使う言葉ですが,改めてそう思います。若い頃は,初手から最善を突き詰めないとダメだと思っていましたが,それでは指し方が狭くなります。」
なるほど。
将棋世界2018年3月号
「--19歳で初タイトルを取られて,昨年に永世七冠。今年48歳になりますが,ずっとトップを走っていらっしゃいます。この秘訣というのはご自身でどういうふうに思っていらっしゃいますか。
羽生 「いつも思っているのは,例えばマラソンを走る時に,トップになる必要はないとは思うんですけれども,常にトップ集団にいるということが非常に大事なのではないかなと考えています。その集団の中にいる中で切磋琢磨して,その時その時の流行のものであったり,最先端のものであったり,そいうものを取り入れていきながら,前に進んでいくということを心がけてやってきたつもりです。」」
同意できる。研究も,最新の知見や業界のトレンドを何気なく内在化できる環境にいることが重要である。私は,Australiaで世界のトップクラスの研究環境に身を置き,日本とは格が違うことを体感し,日本で研究することは本質的ではないと考えて研究のトップとは全く関わりがない日本の隅っこにある沖縄で,のんびりと空と海を満喫する生活を送っている。
将棋世界2018年3月号
「神谷は30年前に打ち立てた自身の記録に藤井が近づくにつれて,メディアへの露出が増えていた。
「長い間,押入れでほこりを被っていた骨董品(自分の28連勝)に光を当ててくれた藤井くんに感謝しています」
「28という完全数は自分は一番好きな数字。それが1位でなくなるのは寂しいですが,凡人が運だけで作った記録を,天才が実力で抜いたのは将棋界に取ってよいこと」コメントがいちいち面白く,また神谷の優しい人柄が表れていて気持ちが良かった。」
将棋世界2017年9月号に続き,興味深いバックステージ情報だ。
将棋世界2018年7月号
「--将棋大賞では,特別賞や新人賞を受賞しました。段位も通常の棋士が歳月をかけて重ねるステップを一気に駆け上がった(インタビュー後,竜王戦ランキング戦5組準決勝で船江恒平六段に勝ち,七段昇段を果たした)。
「賞は嬉しく思いましたし,賞をいただいたからには今後活躍していかなくちゃいけない,とも思います。段位に関しては全く気にしてはいませんし,目標にはしていません。昇段より,もっと上を目指したい思いがあります」」
優秀な人は,賞や肩書きや段位や学位を気にするでも積極的に取得するでもなく,気づいていたら獲得したり取得したりしているものなのだろうと思う。自然に歩いていた道を振り返った時に,足跡に花が咲いたり,道端の人が喜んだり,私も一緒に歩きたいと言って誰かがついてきたりするような人生を生きたいものである。
将棋世界2018年10月号
「--才能があってもダメになるタイプはいますか。
畠山 います。まず,勝負に向いていない子。将棋は全勝の世界じゃない。誰でも負けると心が折れます。その痛みに耐えられないタイプはきつい。先崎学九段が書いていましたが,目の前の相手が死に物狂いで自分を負かしにくる。その日常の中で,何かがなければ自分を支えきれなくなると。
脇 脇道にそれちゃう子もいる。18,19になると将棋の他の世界をどうしてもみる。そこで楽しいことを知っちゃうと伸びなくなる。本当はその前に四段になるのがいちばんいいんだけど。
井上 僕らの時代は才能か努力か。そのどちらかがあればプロになれた気がする。いまはその両方ないときつい。
畠山 あと,最近は奨励会から学校の勉強に向かっちゃうタイプもいる。学校の勉強も競争だけど,そちらの方が努力が報われやすい面もある。将棋も有望だけど,進学を選んだ子が結構います。」
「何かがなければ自分を支えきれなくなる」という知見は,信念のようなサムシングを持つことの重要性を指摘していると言える。羽生九段はかつて,加藤九段の姿勢を見て長年将棋を指し続けることの偉大さを指摘していた。大学の世界では研究が好きなのか権威になることが好きなのか分かれるところがある。そして,それらのうちのどちらかが高尚であるとか優等であるとかということはない。
将棋世界2019年2月号
「タイトル戦における食事の話になると,佐藤(天彦)名人は2日目にはカレー,おやつにはショートケーキを頼むようにしているそうだ。その理由として食事を決めるのは検分のある2日前のため,2日後に何を食べたい気分なのか読みづらく,無難なメニューを選ぶことにしていると話す。ちなみに佐藤名人だけでなく斎藤王座や藤井七段もカレーが好きとのことで,トップ棋士からの人気の高さが表れた。」
森内九段もカレー好きであることが知られ,ファンとカレーを食べるイヴェントを開催している。
将棋世界2019年3月号
「久保はソフトの評価についてどう考えているのだろうか。「振り飛車のどこが悪いのか,その点数の差を理解できるほど私は将棋が強くありませんから」
久保もソフトを使っているが,安易な依存への警鐘に聞こえた。そして「振り飛車とか居飛車とか,戦法で勝負は決まらない。将棋は強いほうが勝つんです」。きっぱりした口調だった。」
「将棋は強いほうが勝つんです」は名言である。
将棋世界2019年6月号
「渡辺 王将戦を勝ってダブルタイトル戦は終わってしまいましたが,相変わらずの過密スケジュールだったので,いろいろと気を遣うことはありました。本局の移動日は普段よりもかなり早く起床しています。6時くらいでしょうか。これは意図的で,対局の前日をあえて睡眠不足にすることによって,夜によく眠る作戦です。
睡眠不足で対局に臨むと集中できないし,考えがまとまらない。対局日の夜は頭が冴えていて眠れないので,対局が続くと生活のリズムが狂いやすく,寝不足に陥る可能性があるんです。
ところがせっかく作戦を立てたのに,それほど眠れませんでした(笑)。4,5時間でしょうか。これで対局するのはかなり厳しいですが,仕方がありません。それにしても,30代になってからは対局前日に眠れなくなりました。20代の頃はぐーぐー寝ていたのですが。」
私が知っている教授に,寝不足で海外出張に出発し,機内で睡眠をとってジェットラグを軽減する方略を採用する教授がいた。私は出張を含む海外旅行では現地に到着した初日の夜は猛烈な熟睡となるのでジェットラグはあまり感じない。
将棋世界2019年6月号
「81年12月,棋士への道を描いた羽生は当時棋士の二上達也に入門する。6年生になった翌4月には最後の機会となった小学生名人戦に参加する。NHKのスタジオで行われた準決勝・決勝には案の定と言うべきか,森内の姿もあった。
羽生の晴れ姿を見届けようと,八木下はスタジオまで足を運んで観覧席から見守った。すると
「なぜか準決勝の森内さんがものすごい早指しで,ちょっと驚いたんです」
後年,何度となく語られる逸話になるが,森内はディレクターの「リハーサル通りにお願いします」という指示を言葉通りに受け取り,指し手まで再現してしまう痛恨のミスを犯す。
「どこまで同じように指したらいいのかな・・・と思い始めたら間違えて(笑)。必敗になって汗が一気に吹き出してくる感覚は今でも覚えています。」」
森内九段の伝説のひとつだ。
将棋世界2019年8月号
「ここまで勝ち数を積み重ねられてきた要因はどういったところにあると思いますか。
「(羽生)もう30年以上やっているので,全ての対局を覚えていないですし,負ける時も結構あるので。修正とか反省はしないといけないとは思っているんですけど,ある程度,終わったところからは綺麗さっぱり忘れて次に臨んでいくということは,長く続けていく上で大切なことなのかなと思っています」」
私は「終わったところからは綺麗さっぱり忘れて次に臨んでいく」ことができないタイプなので参考にしてどうにか行動変容をしたい。できないならば,心理学が教えてくれるように,それを受容してその対策を十分に講じて生きていきたい。
将棋世界2019年12月号
「開幕直前のインタビューで,木村は揺れ動く思いを隠そうとしなかった。
「もう挑戦することなんてないと思っていたので,不思議な感覚です。挑戦者に向いている人間かわからないので,勝ちます,なんて自分を鼓舞することは言えません」
「豊島さんは充実している人ですからね。弱さや脆さがあるのかなんて,ちょっとわかりません」
「不安と,やれる,できるんだという思いが交錯しています。」
「1回で獲れちゃう人もいるけど,私は何回やっても獲れないから。自分には獲れないんじゃないかってどこかで思う気持ちと・・・なら記録を破ってやろうかっていう気持ちと。運命だなんて認めるのはとても嫌ですよ」
「40代半ばになりましたし,自分にも他にできることはないのか,なんて考えたりもしましたけど・・結局これ(将棋)しかない。逃げられないんです」
「昔,羽生さんから『将棋を嫌になったことなんてない』って聞いたことがあるんです。笑うしかなかった。すごい人だなあと思いますよ」
「苦しみ抜かなきゃいけないけど,耐えられるのかな,という怖さもあります。」
「山ほど棋士がいる中で,私を応援してくれる人もいる。もし獲れたら,伝えられることも増えるでしょう」
「悔いは残したくないです。いつも悔いだらけだから」
再び大舞台に上る者の本当の声だと思った。」
天才が集まるプロの世界で勝つことがいかに厳しいかを感じられる木村九段の知見である。
将棋世界2020年1月号
「--永瀬さんは後輩に厳しいので「軍曹」と呼んだと言っていました。鈴木大介さんは最初は鬼軍曹と呼んだそうです。妹弟子の加藤桃子さん(現女流三段)の奨励会時代の厳しい指導は有名です。桃子さんが研究会で「ここでこう指したらどうするんですか」と質問すると,「それは3ヶ月前に教えたはずです。覚える気がないならやめなさい」と言った。
永瀬 まあ,若かったですからね。10年たったら時効でしょう。」
この知見は過去のブログでもフィーチャーした。琉球大学では同じ質問の提出や確認の連続が日常茶飯事である。
将棋世界2020年1月号
「永瀬 二つのタイトル戦の敗戦で自分にとって財産になり,その経験が活きました。バナナをたくさん頼んだのは,前のタイトル戦の時,お寿司を食べたかったけど注文できなかったから。バナナなら,どこにいっても用意してもらえると思った。」
上述のカレーに関する知見と同等の知見である。私は海外旅行を繰り返す中で,国に依っては日本のように物が簡単に手に入らないことを学んだ。そして,国内で準備できるものは準備して出発するので,たくさんのものを持って旅行するようになった。なお,日本は豊かな国なので,国内旅行は身軽に出かけて問題ない。
将棋世界2020年2月号
「--日々の時間の使い方を含めて,いまのご自身が勝てているという状況に対する,理由づけはできていますか?
「できていますね。私だけでなく現在勝ちまくっている20代-30代,たとえば広瀬さん,豊島さん(将之竜王・名人),永瀬さん(卓矢二冠),あとは年下ですが藤井さんは,将棋の系統が皆一緒だと思います。序盤の研究をきっちり詰めて,あとは中終盤でしっかり勝ち切る。それができる人間が,結果を出しているということです」
--それをどうやったら実現できるかということについて,お聞かせください。
「結局は人それぞれの才能かなというと,永瀬さんに猛反論されそうですね(笑)。でも私は,たとえばサッカーのメッシやロナウドが,なぜあのようなプレーできるのかということには,興味がありません。結局のところ,基本的な身体能力が違うんだと思っています」
--確かに一流アスリートのやり方を真似しても,誰もが一流になれるといことにはなりません。
「ただ,トップアスリートの日々の生活パターンは,聞いてみたいですね。普段どういう心がけで過ごしているのか,どのようなマイルールがあるのか,などです。才能というか,自分の適性を生かせる環境を作れるかどうかということが,大事なのではないかと考えています。」」
身も蓋もない話だが,私も同意する。遺伝と環境の相互作用という知見は心理学ではお馴染みである。私はどれだけ努力しても100mを10秒で走ることは不可能であり,円周率を何百桁も暗唱することは不可能である。凡人として天才や秀才の業績を讃え,そこからわずかでも学べることを学び,何かの形で社会に影響を与えたいという思いがある。
将棋世界2020年6月号
「桐山 将棋への思い
私が大阪の奨励会に入った時に,1つ上に明らかに私よりも才能がある人がおったんですよ。その人が1年ほどして急に辞めてしまった。なんで辞めたかというのは,いつまでたっても思います。将棋が好きでないんですかね。
私みたいに,いつ辞めるかみたいなほうが続いて。7級で1年9ヶ月,6級で1年6ヶ月もかかった。自分は将棋が好きでたまらなくて,将棋の道しかないと思っています。でも,そうじゃない人もおるということですよね。」
人間生活は才能と適性と志向のマッチングが重要だと私は考えている。
将棋世界2020年6月号
「当時の大山はよくこう言っていたそうだ。「七番勝負で言ったら,4勝3敗か4勝2敗で勝つのが私の仕事。勝率で言ったら,6割ちょっとだけど,7割,8割勝っても,タイトルを取らなければしょうがないでしょう」」
心理学の敏感期の知見に関連する。押し並べて良好な状態を継続するのではなく,特定の時期に特異的に良好な状態であることが重要なことがある。
将棋世界2020年10月号
「14歳のとき,最年少タイトルには挑戦したいとおっしゃっていましたが,17歳のうちにタイトルを取れました。
藤井 そんなこと言いましたか(笑)。最近は,ちゃんと実力をつけなければタイトルは取れないと思っていました。なので,記録の意識はありませんでした。」
羽生九段もそうだったように,将棋の世界では誤認の形を採用しながら意見が調整されることがある。
将棋世界2020年11月号
「100期という節目は,羽生九段にとってどのようなものでしょうか。
「(達成は)タイトル戦に出ないとどうにもならないですし,最近はその機会すらずっとなかったので,考えることもなかったというのが実感です。ただ,非常に大きな記録が懸かるシリーズですので,その舞台にふさわしい将棋を指したいと思っています」
今季七番勝負に向けての意気込みをお願いいたします。
「久しぶりのタイトル戦ですので,張り切って臨みたいと思っています。ファンの皆さんに楽しんでもらえる将棋を指せるように力いっぱいやりますので,よろしくお願いいたします。」」
タイトル戦の常連でなくなった羽生九段は徐徐にタイトルに対して明確に言及するようになっていると私は認識している。
将棋世界2020年11月号
「木村(義雄)のエピソードはたくさんあるが,その一つを挙げる。名人時代,ある八段との対戦で,相手が詰みのなさそうな木村の玉に王手を掛けてきたことがある。局面が負けなのでトン死を狙ったのだ。木村はなんと,対応を間違えて詰まされてしまったのだが,局後,相手を一喝した。「〇〇君,君は詰まぬとわかっていながら,僥倖を頼んで王手をしたな。それが八段のやることか」
詰まない玉に対して王手をするのがいいか悪いかは別にして,名人時代の木村は,相手が正義にもとるような対局態度を取ると,それを面と向かって批判することが度々あった。トン死を食って,相手を一喝する。これは,「将棋の神様」ともいわれた,木村でなければできないことだ。
ちなみに,中学生棋士として29連勝したときの藤井二冠はよくインタビューで,「僥倖でした」と答えて周りを驚かせていた。本人に聞いたことがあるが,残念ながら,「僥倖」は,木村名人の本を読んで知った言葉ではないようだ。」
一件落着。
将棋世界2020年12月号
「渡辺 でも30代で真打になられる方も多いですよね。そこからまだ「20年」と考えたら,ちょっと気が遠くなります。僕なんかはもう,将棋指しのキャリアとしては後半なので,一仕事を終えた気になっているくらいなので(笑)。
伯山 え,もう引退を考えてるんですか?
渡辺 いや,引退はわからないですけど,名人も獲ったし,やることはやりましたからね。もっと早く藤井くんが出てきちゃっていたら,「まだ俺,存分にやってないよ」となるかもしれないですけど。
伯山 ははは!(笑)
渡辺 あとはいま自分の残っているお釣りで,どれだけ勝負できるかですね。もう年齢的にも上がり目はないので。」
私はこの「お釣り」の知見が好きである。
将棋世界2021年1月号
「また佐藤会長は,20歳の時に王位戦に初挑戦した思い出を引き合いに出し,「(自分は)当時の谷川王位の振る舞いを学び,それを受け継ぎながらやってきたことを思い出しました。藤井王位も先輩たちのいいところや素晴らしいと思うところを吸収しながら,これからも将棋の無限の可能性に挑戦し,どんな棋士も敵わないというくらいの境地を目指して,将棋界のレベルをひらいていただきたい」と激励した。」
先人の知恵や知見は貴重である。
将棋世界2021年1月号
「また記者会見では,自分の中の目標は頂点とすると今は何合目かという質問に対し,「将棋というのは,どこまでいってもここが頂点ということはないと思うので,どこまでいっても変わらず強くなるために努力するということが大切だと感じています」と答えた。」
藤井二冠はデビュー当時からすかし上手である。他に恋愛に関する質問等を受けた場面を知っているが,論点をずらして乗り切って(?)いた。
将棋世界2021年3月号
「ゲームの取材で糸谷さんが昔「最終的に「相手をミスに追い込む」というのが対人ゲームだと思っています」と話されていたのが印象的でした。将棋にも似たところがあるようにも感じました。
「それはある程度通じるところもありますが,ゲームのほうが大きいんですよね。将棋でいう,持ち時間が短いですから。将棋は世の中にある対戦ゲームの中で,ものすごく(選択する)時間が長いんです。皆さんミスをしないんですよね。普通のゲームだと誰でもミスをしていると思うんです。なので,将棋はものすごく正確性が大事で,悪くなったら逆転するためにミスを誘いに行くというところはありますね。」」
物事の本質を把握することは重要だ。将棋のトッププロもゲームのトップゲーマーも,ルールの解釈がスマートである。
将棋世界2021年6月号
「渡辺は棋王9連覇を達成すると同時に,通算獲得タイトル数を28として,羽生善治九段の99期,大山康晴十五世名人の80期,中原誠十六世名人の64期に続く単独4位になった。だが局後のインタビューにて「上の3名にはまず届かないので,長期的な目標を考えにくくなった」と語っている。」
自身の能力や時代を含め,人生は運に左右されることが多分にある。