将棋世界スペシャルをreviewする。今回は「将棋世界スペシャルvol. 4 加藤一二三--ようこそ!ひふみんワールドへ--(2013年)」と「将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)」が対象である。タイトルや段位は当時のものを採用している。今回も引用が過半で著作権のポイントとなる主従関係は逆転しているが,著作権を侵害する意図は全くなく,この雑誌が連綿と価値ある知見を提出し続けていることを紹介する。また,私のサイト全体で見た時にはこの問題点はクリアできているというのが私の認識である。面白いと思ったなら原本を参照して欲しい。
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将棋世界スペシャルvol. 4 加藤一二三--ようこそ!ひふみんワールドへ--(2013年)
「加藤 私は以前に,NHKの将棋講座を半年ほど担当したんですよ。そこでリハーサルをするんですが,2回だけ,リハーサルが完璧でしたということで,そのまま放送で使ったことがありました。私はリハーサルも本番同様の気迫でやっていましたので。」
加藤九段の伝説のひとつである。私は研究発表であれ授業であれメディアの取材であれ,リハーサルや練習はほどほどの気迫で行う。また,本番もほどほどの気迫で行う。気迫の定義に依存するが,これは心理学の研究知見を応用して適度なリラックス状態で物事に取り組むことが重要だと私が考えているためである。「だから淡野はオーディナリなんだよ。」と言われれば受け止めるしかない。
将棋世界スペシャルvol. 4 加藤一二三--ようこそ!ひふみんワールドへ--(2013年)
「--特に将棋の勉強をせずに自然と強くなったそうですね。
加藤 ええ,そうなんですよ。近所に強い人がいなかったので勉強する機会がなかったわけです。だから,どうして強くなったかと聞かれても困ってしまうんですよ。」
同様の意見として,渡辺名人は,将棋が強くなる子どもは放っておいても強くなると指摘している。
将棋世界スペシャルvol. 4 加藤一二三--ようこそ!ひふみんワールドへ--(2013年)
「--「神武以来の天才」と呼ばれましたが,どんな心境でしたか。
加藤 はっきり言って僕自身はそう思ったことはありません。神武というのがいまいちよくわからなくて。実体がないわけですからね。「一分将棋の神様」とも呼ばれていますが,そもそも神様という言葉を軽々しく使うものではないと私は思っています。秒読みでも正確に指せるという高い評価をいただき嬉しく思いますが,自分が神だなんておこがましい。大山先生(康治十五世名人)は私のことを「早指しの大家」と書いてくださいました。さすが大山先生で,この表現なら納得がいきます。そうそう,私のことを「加藤さんは天才である」とも書いてくださいました。私のことを褒めてくださった先輩棋士は大山先生だけでしょう。大変有り難いことで,深く感謝しております。」
加藤九段は信心深いことで知られる。私も神という単語の濫用は良くないと考える。
将棋世界スペシャルvol. 4 加藤一二三--ようこそ!ひふみんワールドへ--(2013年)
「加藤 棋士の仕事は非常に深く,自分自身で感動することもできる世界です。私が体験した感動は愛好者にも同じように味わっていただけると自負しています。それが棋士の存在価値だと思っています。」
質の高い仕事をしていると,その仕事が他者に及ぼす影響も質が高くなると私は思う。
将棋世界スペシャルvol. 4 加藤一二三--ようこそ!ひふみんワールドへ--(2013年)
「--1982年の名人戦で中原名人をフルセットで破り,3度目の名人挑戦でついに大願成就します。
加藤 持将棋。千日手を含めて10局指したので,番勝負は7月までかかりました。私は暑さが苦手なのですが,この年は偶然にも冷夏だったことが幸いしました。夜,クーラーなしで熟睡できたことが勝因の一つでした。クーラーを付けて寝ると,朝起きた時に疲労感がありますから。夏は涼しい軽井沢に住んで新幹線で対局に通う手も有力ではないかと思っているぐらい,自然体で熟睡するのが重要だと考えています。中原さんは番勝負が長引いて気候が熱くなれば自分の方が有利だと思っていたようですが,冷夏だったのは誤算だったようですね。」
物事とその周辺についてラディカルに考えることができる人を私は尊敬する。物事の根本的な見直しや原点に立ち返った議論は重要だ。なお,私の理想は,春は沖縄,梅雨は海外,夏は沖縄と北海道と海外,秋は東京と名古屋と奈良,冬は沖縄と福岡と海外で過ごすことを理想としている。部分的に旅行することで実行しているが,COVID-19の影響で1年以上阻害されている。
将棋世界スペシャルvol. 4 加藤一二三--ようこそ!ひふみんワールドへ--(2013年)
「中原 また裏話だけど,この第3局で加藤さんが頼んで宿泊の部屋を変えたんだ。「川の音がうるさい」と言ったらしい。波や滝も含めて,水の音が苦手みたいなんだよね。担当の方が気を利かせて私にも確認してきた。何でもないはずだったけど,言われると気になるんだよね。せっかくだから私も替えてもらったんだけど,これが失敗だった。
--何があったのですか。
中原 変わった部屋がエレベーターの前なんだ。これは本当にうるさくまるで眠れない。事前に担当者が吟味して良い部屋を選んでくれるのだから,替えてもらうものではないんですよ。」
以下に滝を止める件が出てくる。なお,私もホテルに宿泊する際はエレヴェイターから離れた部屋を選好する。海外のリゾートホテルは予約時に階層,眺望,エレヴェイターからの距離,ベッドの数など豊富な選択肢を用意しているし,担当者に依頼すればするだけ得をすることが多いので私はあれこれ要望を伝えるようにしている。加えて,耳栓を持参すれば憂いなし。
将棋世界スペシャルvol. 4 加藤一二三--ようこそ!ひふみんワールドへ--(2013年)
「私がこの将棋を選んだのは,このシリーズを経験したことにより,将棋というものは自らが感動することができ,そして限りなく深いものである,と分かるからです。そしてその感動は適切な解説を加えることによって,多くの人たちにも伝えることができるーそう思っています。」
上述の知見と同型的知見である。
将棋世界スペシャルvol. 4 加藤一二三--ようこそ!ひふみんワールドへ--(2013年)
「加藤 以前羽生さんがこう言っていました。「タイトル戦で旅館とかホテルに行くと前日の検分の時に,関係者が『ここで加藤先生は滝を止められました』と言うんです。そういうときは『私も止めてください』と言っているんです」。私が滝を止めたことは2,3回あるんですよ,と言ったら,羽生さんがニヤッと笑って「先生,5箇所くらいは聞きましたよ」。私は音を気にするので,滝を止めるのは当たり前と思っていたんですが,これでもその滝があまり観光客が来ていないのを確認して言っています。もし,その滝が有名で人が集まるような名所だったら言いません。私も勝手気ままに振る舞っているわけではないんですよ(笑)。」
これが加藤九段が滝を止めた件である。
将棋世界スペシャルvol. 4 加藤一二三--ようこそ!ひふみんワールドへ--(2013年)
「対局には万全を期したいのです。ですから自室にしても川の音を気にして部屋を変えてもらったことが3度あります。全部勝ってます。予測できるトラブルは避けるという私の慎重さの表れなんです。」
「予測できるトラブルは避ける」という考えは私と同じである。場当たり的ムーヴは大嫌いだ。私は人事は尽くすべきだと考える。
将棋世界スペシャルvol. 4 加藤一二三--ようこそ!ひふみんワールドへ--(2013年)
「うなぎや寿司が好物の加藤九段。将棋は体力,なので対局時は美味しいものを食べ力をつけるのは当然。常人ならば昼うなぎを食べたから夜は寿司にしようかなと考えそうなもの。だが,そこは将棋一筋の加藤九段。「その場で食事を考えると結構迷うかもしれないので,注文を決めておいた方がいい」という思考で,昼夜同じメニューになるのだとか。
鍋焼きうどんや天ぷら定食も好きだが,うどんはなかなか冷めないのが難点。天ぷらは2度注文して2度とも来なかったのでNG。結局うなぎが長期政権を築くことになった。」
加藤九段の有名な特徴のひとつである。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「--永世七冠を達成されて,羽生さんはこれから先,何を目標になさるんですか。
羽生 うーん,何を目標にしたらいいんでしょうかね(笑)。まあまあ,とりあえず目の前の1年を頑張るというところですね。」
目前のことを頑張るだけで上質な仕事になる人は恵まれていると思う。オーディナリな人間は目前のことを頑張るだけでは普通である。因みに,私は頑張ることも苦労することも好きではない。自然にしていて類比的に優れそうなことを選好する。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「羽生 年齢は離れた人との対戦が多いので感覚の違いは感じています。例えば,原宿で若い人が話している意味はわかるけど,自分はそういう言葉は使わないことと似ています。指し手の意味はわかるけど,自分は指さないような手を指されることがあります。どう対応したらいいのかなと。」
第一人者の中でも例示が上手い人と下手な人がいるが,羽生九段は前者だと言える。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「--今後の目標をどこに置くのでしょうか。
羽生 目前の目標を,というスタンスが一番いいのではないかと思います。例えば,公式戦1400勝が近づいているので,そこを目指していくなどといったことです。マラソンやトライアスロンと同じ感覚で,20年,30年先を目指すとやる気が落ちます。だからこそ,加藤一二三先生のように,60年以上以上現役を続けるというのは,本当に大変なことだと日に日にそのすごさを実感することが多いです。続けるだけならできますが,情熱とテンションを保つのは大変なので課題です。」
上述した知見と同じである。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「Q 羽生先生は十-二十代の頃,「将棋は純粋な頭脳ゲームであり,人生経験と将棋の強さには関係がない」とおっしゃっていた記憶があります。しかし羽生先生の歩みを見ていると,年齢を重ね,他業界の方々と交流を深めることによって,将棋に幅・厚みが出ているように思えてなりません。そこで改めてお伺いしたいのですが,将棋の強さと人生経験には関係があると思いますか?今の羽生先生の考えをぜひ聞きたいです。
A 様々な経験が活きるか活きないかは未だにわかりません。経験を積んだ以上は,活かす方法を模索すべきと考えます。」
羽生九段が「人生経験と将棋の強さには関係がない。」と指摘したのは,羽生九段が注目されるようになった25年ほど前にドミナントだった当該の知見を否定することで議論を活発にすることを目指したと私は考察しているがどうだろうか。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「Q 羽生先生は様々な方々と対談されていますが,どの分野の話題にも精通されていて驚きます。どのように情報を収集し,自らの知識とされているのでしょうか?
A 詳しい方に話を聞くのが一番の勉強になります。」
同意できる。また,何かに詳しいから何かに詳しい人と話ができるとも言える。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「Q 将棋を通して,一番多く学んだことはなんでしょうか。
A 将棋は深く世界は広いことでしょうか。」
この意見が「深い」。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「佐藤康光(日本将棋連盟会長) 平成8年に羽生さんが七冠制覇を達成した際,将棋界はお祭り騒ぎとなりましたが,1人の棋士としては責任を痛感していました。森内さん,郷田さん,森下さんらもタイトル戦で覇を競っていましたから同じ気持ちだったと思います。
推論ですが,19歳でタイトルを獲得して以降,羽生さんは数多くのタイトル戦を戦う中で,将棋の勉強のみならず,番勝負での戦い方や体調管理,ペースの作り方も論理的に分析し,試行錯誤されて,コツコツと足場を固めておられたのではないかと思います。その目に小さな努力の積み重ねが,七冠制覇の大きな足掛かりになったように思えてなりません。」
梅田望夫著「どうして羽生さんだけが,そんなに強いんですか?--現代将棋と進化の物語--」では,他の棋士より多くのタイトル戦を経験している点が羽生九段を強くしていると考察されている。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「佐藤康光(日本将棋連盟会長) 「盤面を頭に浮かべる時には4分割された盤面が浮かぶ」という,とある取材への回答は衝撃的でした。真ん中はどう分割するのかと思いましたが,羽生さんならではの感覚・合理的思考が潜んでいるように感じました。」
私は「真ん中はどう分割するのか」と思った佐藤康光九段の思考に感心する。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「佐藤康光(日本将棋連盟会長) 平成10年から12年にかけて羽生さんに12連敗したこともありました。タイトル戦の番勝負も2つ含まれており,この時期により大きな差が広がったのではないかと思っています。
当時の羽生さんとの対局では,何が悪かったのかも分からないまま,形勢に差をつけられて敗れることが多く,連敗に悩んだ末に棋風改造に取り組みました。発想を柔軟にして序盤の疑問や課題をもとに誰も指したことのないような独創的な指し方を羽生さんにぶつけてみたのです。指し手の好みを意図的に構想や読みに入れるようにしたのも自分なりの工夫で,現在の独創的と言われる棋風の第一歩となりました。
羽生さんに連敗したことで新境地がひらけたわけですが,そういう意味で羽生さんの影響を受けていないトップ棋士はいないと思います。」
私は佐藤康光九段の新境地(i.e., 独創的と言われる指し回し)に感動しているファンのひとりである。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「佐藤康光(日本将棋連盟会長) その時代その時代で,指し手のお手本になられてきた意味でも,羽生さんの存在は将棋界にとってかけがえのないものだと思います。」
私もそう思う。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「九段 内藤國男 引退していく先輩から「わしも一度くらいは一流旅館で対局したかったなあ・・・」と聞いたことがある。ほとんどの棋士はタイトルの挑戦者にもなれずに引退していく。タイトル1つ獲るのも大ごとなのに,七冠全てを奪ってしまうとは。
四冠か五冠あたりで,関西に住む私宅にも東京から電話取材が入った。私は「いくら羽生くんが強くても,途中で防衛戦もありますからね,七冠は無理だと思いますよ」と答えた。あっさり「そうですか」で終わったのは,先方さんも無理だとわかっているからだと感じた。後日,東京の棋士が「それは像が針の穴を通るより難しいでしょう」と答えた話が週刊誌に出た。こんなオーバーなことを言うのは米長邦雄さんに違いないと思った。」
内藤九段は文章が面白い棋士のひとりである。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「藤田昌俊 昨年,10連覇達成の翌日,羽生棋聖は中学生棋士の藤井聡太四段について,「今は早くタイトル戦の舞台にやってきてほしい。と言うよりも,私自身がどこまで頑張れるかということ。あの年齢であの完成度はすごい。中学生の時は荒削りというか,欠点があると思うんですけど,藤井四段はそれが見当たりません」と話した。当面,棋聖戦で藤井五段の挑戦はないが,ひのき舞台での対戦を待つ気持ちは十分にある。」
勢力図は変わり,現在羽生九段は無冠である。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「我満晴朗 王将戦といえば「勝者の記念写真」を思い浮かべるファンの皆さんが多いだろう。一部では「勝者の罰ゲーム」などと呼ばれているようだが,主催者としては口が裂けてもそうは言えない。いや言わない。と言いながら堂々と書いているあたり,複雑な胸の内を察していただければありがたい。
その「罰・・・もとい,記念写真」。いったいつからこの習慣が始まったのか,実は定かではない。本能寺の変のように「諸説あり」といったところか。」
この「勝者の罰ゲーム」を楽しみにしている将棋ファンは多いはずだ。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「結果的にシリーズ最後の一手となった▲2ニ金(投了図)を着手する時,羽生の指先は震えていた。第四局の最終盤でも同じようなことがあったので,テレビの映像でそのシーンを見て,へーっ,こんなこともあるのかと,驚いたファンは多いと思う。
羽生が勝ちを意識したときに出るクセとしては,駒を盤に何度も押し付けるようにして指す「ぐりぐり手つき」が昔から有名だが,最近はそれが震えに変わってきているようにも見える。
この震えについて,翌日の毎日新聞夕刊に「勝ちが見え,気持ちが乱れたのかもしれません。みっともなかった」という羽生のコメントが載っていたが,みっともない,ということはないと思う。
むしろ私は,ここまで震えることのできる大棋士がプロ棋界にいるのは素晴らしいことだと思う。観戦者以上に,当の対局者はいちばんハラハラドキドキしているわけで,それだけ目の前の勝負に集中しているということでもある。
要するに羽生は,盤の前では将棋のことしか考えていたないのだ。だから髪の毛がピンと跳ねていても平気だし(寝癖ができていることにも気づいていないかもしれない),終盤の難しい局面になると,その髪の毛を激しくかきむしったりするのだ。」
このような文章構成は参考になる。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「--将棋ファンに限らず,誰に聞いても「羽生さんはすごい」という反応が返ってきます。その理由を聞くと,出した結果もすごいけど「ずっと続けている」「モチベーションが下がらない」というところにも多くの関心が集まっています。羽生さん自身は,モチベーションを維持するために,どんなことを意識していますか?
羽生 特に刺激を受けようとはあまり思っていません。普通に,同じような感じでやっていけたらいいな,とはいつも思っています。もう一つ,最近はそういうことを考える時間もない,ということはありますね。例えば一手損が出てきたら,どうしようとなります。それに追われるというか,それにどう対処したらいいのか,ということを考えます。するとモチベーション云々と考えている余裕はありません。
変化が激しく,移り変わりも早い,という状況も関係しているとは思いますが,同じ将棋をやっていても,確かに違う感じはします。同じことの繰り返しの中では,結構モチベーションが下がってします気がしますが,違うことをやっている分には,そんなには・・・・。
--ということは,戦型が多様化している今の状況は,羽生さんにとって嬉しいと解釈していいですか。
羽生 嬉しいというか,それに対応せざるを得ないという感じです。自分がそうしたわけではなく,そうなったので。」
「普通に,同じような感じでやっていけたらいいな」と思い「モチベーション云々と考えている余裕」がない状況で,価値があり,かつ,たくさんの人に影響を与えられる仕事ができることを私は羨ましいと思うと同時に,そのような人間を惜しみなく讃えたい。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「さて,長く続けることについて何度でも聞きたい質問です。調子が悪いときにどうするか。
羽生 どうしようもありません。調子が悪い時は,手が浮かぶスピードも鈍いし,方向性もずれています。しかも,指してみないとわかりませんから,対策の立てようがないんです。コンディションがいいかどうかはその日になってみればわかりますけど,調子がいいかどうかはわかりません。天気と一緒です。雨が降っているからといって,雨を止めるわけにはいかないでしょう。「今日は雨だ」と思うしかありません。そんなものです。」
私なら,さらに踏み込んで,その自然体で結果を残す方法を聞いただろう。
将棋世界スペシャル愛蔵版永世七冠羽生善治のすべて(2018年)
「村瀬信也 羽生竜王は,なぜここまで勝ち続けるのか。一ファンだった子供の頃から,将棋担当記者となった今まで,折に触れてこのテーマについて考えてきたように思う。不断の努力と並外れた勝負への執念が背景にあることは間違いないが,間近で取材をしていて,ひしひしと感じるのはタフな精神力だ。
昨年10月,直接取材する機会があった。ちょうど王座を奪われ,タイトルが棋聖だけになって2日後のことだ。
以前からアポイントは入っていたが,この時は普段より緊張した。だが,本人の様子はいつもと変わらず,屈託がない。自身と若手棋士の将棋の違いについて尋ねると「中村(太地)さんはそんなに違わないと思いましたが,菅井(竜也)さんは全く読みが合いませんでしたね」。タイトル戦で敗れた2人の名前を自ら挙げて,苦笑した。その一週間後に開幕した竜王戦七番勝負で見せた意欲的な指し回しは,見事の一語だった。
羽生竜王は負けたときの気の持ちようについて,「いい意味でのいい加減さというか,ズボラさみたいなものも大事」と語っている。しかし,一流棋士ほど,勝利に伴って得たものだけでなく,敗北によって失うものも大きい。その自信が揺らいだり,不安が頭をよぎったりすることが皆無だとは言えないだろう。自分とどう向き合い,いかに気持ちを切り替えて次の勝負に臨むか。その孤独さは,常人には計り知れない。」
参考にしよう。